大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 昭和29年(ワ)4183号 判決 1956年9月04日

原告 浅井久満男

被告 桜井ヨシ

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は、原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は、「被告は原告に対して、東京都杉並区高円寺三丁目二百二十九番地二、家屋番号同町千二十九番、本造亜鉛葺二階建住宅一棟建坪十四坪二階八坪の内北側の建坪七坪二階四坪の部分(以下「本件建物」という。)を明渡し、且つ、昭和二十七年三月一日より明渡のすむまで、一カ月金六百円の割合による金員の支払をせよ。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決及び仮執行の宣言を求め、請求の原因として、次のとおり述べた。

一、本件建物は原告の所有に属するものであるが、原告は昭和十一年十一月頃被告に対しこれを賃料一カ月金十五円の約束で期限の定めなく賃貸した。

二、その後賃料は値上げされ、昭和二十七年三月一日当時は一カ月金六百円であつたが、被告は昭和二十七年三月一日から賃料の支払を怠つているので、原告は昭和二十九年三月二十三日、同月二十四日到達の内容証明郵便で昭和二十七年三月一日から昭和二十九年二月末日までの未払賃料合計金一万四千四百円を同年三月二十七日までに支払うよう催告し、且つ、期日までに支払がないときはこれを条件として本件賃貸借契約を解除する旨の意思表示をした。ところが、被告は期日を経過しても前記未払賃料を支払わないので本件賃貸借契約は同日解除された。

三、仮に前記解除が無効であるとしても、被告は昭和三十年五月上旬頃本件建物の二階全部を原告に無断で訴外池勝菊平、梶原誠二の両名に転貸したので原告は同年五月二十六日、同月二十七日到達の内容証明郵便で、無断転貸を理由に本件賃貸借契約を解除する旨の意思表示をし、これによつて本件賃貸借契約は終了した。

四、以上の理由により、本件賃貸借契約は解除されたので原告は被告に対して本件建物の明渡を求めるとともに、一カ月金六百円の割合により昭和二十七年三月一日より本件賃貸借契約解除の日まで未払賃料及びその翌日より物建明渡済に至るまでの賃料相当損害金の支払を求める。

五、被告主張の第四項の事実は否認する。

被告訴訟代理人は主文同旨の判決を求め、答弁として次のとおり述べた。

一、原告主張の第一項の事実は認める。

二、第二項のうち被告が昭和二十八年三月一日より昭和二十九年二月末日までの賃料合計金七千二百円の支払を怠つたこと、原告主張の催告及び条件附契約解除の意思表示が被告に到達したことは認めるが、その余の事実は否認する。昭和二十七年三月当時の賃料は一カ月金三百二十円であり、同年六月より一カ月金四百円となり、同年十二月から金六百円に値上げされた。

三、以上のとおり被告の延滞賃料は金七千二百円であるのに、原告はその二倍にも当る金一万四千四百円を支払うよう催告したものであつて、かような過大金額の催告に基く賃貸借契約の解除は無効である。

四、仮にこの主張が理由がないとしても、被告は催告における支払期日である昭和二十九年三月二十七日早朝、延滞賃料合計金七千二百円を原告方に持参したが、原告は不在であり、原告夫婦は共かせぎで留守居がなく帰りはいつも夜分になるので、しかも当日は土曜でもあつたので、同金員を即日東京法務局へ供託した。従つて原告の契約解除は効力を生じない。

五、仮に賃貸借契約の解除が有効としても、原告は昭和三十年四月二十七日前記供託金七千二百円を受領しているから、これによつて契約解除を撤回する黙示の意思表示をしたものである。

六、原告主張の第三項の事実のうち被告が昭和三十年五月上旬頃原告に無断で訴外池勝菊平、梶原誠二の両名を本件建物の二階に同居させたこと及び原告主張の無断転貸を理由とする本件賃貸借契約解除の意思表示が被告に到達したことは認めるが、その余は否認する。

被告が池勝菊平を同居させるに至つたのは、被告と旧知の間柄にあつた菊平の父の強い要請があつたこと、池勝菊平は学生であつて被告方に同居することが通学上極めて便利であり、又その期間も短期間であること、被告は一人住いである関係上留守番をしてくれる者のあることは好都合であること等の事情に基くものである。

しかも、同人は昭和三十年十二月に本件建物から退去した。又梶原誠二は池勝菊平の友人である関係で同居するに至つたが、それも一週間程度で退去したのである。以上のとおり、前記両名を本件家屋に同居させたのは転貸と称する程度には至らない軽度のものであり、当時の住宅難の事情下において学生に対して遊学の便を供することは、社会的にみてむしろ家主としてはこれを忍容すべきものというべきである。従つて以上の事実は、家主に対して背信的な行為とはならないものであり、この同居の事実を理由とする原告の賃貸借契約の解除は無効である。

<証拠省略>

理由

一、原告主張の第一項の事実は、当事者間に争がない。

二、そこで第二項の主張について判断すると、被告が昭和二十八年三月一日から昭和二十九年二月末日までの賃料の支払を怠つたこと、当時の賃料が一カ月金六百円であつたこと、原告がその主張のとおり昭和二十七年三月一日から昭和二十九年二月末日までの延滞賃料支払の催告及び条件附契約解除の意思表示をしたことは当事者間に争がない。原告は被告が昭和二十七年三月一日から昭和二十八年二月末日までの賃料をも支払はなかつたと主張するが、成立に争のない乙第一号証被告本人尋問の結果及び証人浅井きよ子の証言の一部とによれば、当時被告の延滞していた賃料は昭和二十八年三月一日以降の分のみでそれより以前の賃料は支払ずみであつた事実が認められる。これに反する証人浅井きよ子の供述は信用し難く、その他この認定を動かすに足りる証拠はない。

そして、成立に争のない乙第二号証及び被告本人尋問の結果によれば被告が昭和二十九年三月二十七日午前中延滞賃料金七千二百円を原告方に持参したが、原告夫婦は当時日中はおゝむね留守であり、当日も不在であつたし、たまたま土曜日でもあつたので、即日これを東京法務局へ供託した事実が認められる。ところで原告の催告による弁済期日は催告が到達してからわずか三日間という短期間であり、又当日は弁済期限の最終日である上に土曜日であつたこと等の事情に徴すれば被告が同日原告らの帰宅を待たずに供託したのは、誠に止むを得なかつたものというべきであり、前記供託は有効であるといわなければならない。してみると被告は催告による弁済期日に延滞賃料全額の弁済を済ませたことになるから、原告の契約解除はその効力を生じないものである。

三、次に原告主張の第三項について考えてみると、被告が訴外池勝菊平、梶原誠二の両名を原告主張のとおり本件建物の二階に同居させたこと、原告主張の本件賃貸借契約解除の意思表示が被告に到達したことは当事者間に争がない。そして被告本人尋問の結果によれば、池勝菊平、梶原誠二の両名はいずれも学生であつて池勝を同居させたのは被告の旧知である同人の父の要請に基き、同人の通学上の便を計つて一時的に下宿させたものであること、梶原は池勝の友人であつて、他に適当住居をみつけるまでの約束で同居させたこと、池勝は同年十二月に、梶原は同居後約一カ月の後にそれぞれ本件家屋を退去したこと、同人等は各自賄料として月五千円程度を被告に支払つていたことが認められる。

ところで、民法第六百十二条第二項が、賃借人が賃貸人に無断で賃借物を転貸したときは、賃貸人がその賃貸借契約を解除することができるとした趣旨は、一般に、無断転貸が賃貸借当事者間の信頼関係に著しく相反するものだからであるといえよう。従つて無断転貸とはいつても、その態様からみて当事者間の信頼関係を著しく破壊しない程度のものは、同条による契約解除の理由とはならないものと解するのが相当である。本件において被告が貸与したのは本件建物の二階であつて、その期間も一人は八カ月、他の一人に至つては僅か一カ月に過ぎないのであつて、本件賃貸借が昭和十一年から多年にわたつて継続して来た事実を考慮に入れると、前記の事実が当事者間の信頼関係を著しく破壊するものとはいうことができない。従つて前記認定の事実は契約解除の理由とするには足りないのであつて、この事実を理由としてされた原告の賃貸借契約解除は無効であるといわなければならない。

四、してみれば、原告の本訴請求のうち契約解除の有効なことを前提とする本件建物の明渡及び損害金の請求はいずれも理由がなく又延滞賃料の請求は、さきに認定したとおり被告において全額供託済であるから、これまた理由がない。

よつて原告の本訴請求はいずれも失当であるから棄却し、訴訟費用の負担について、民事訴訟法第八十九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 古関敏正)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例